100万円あげる

大好きな
きみに
100万円あげます

一生懸命
働いて
やっとためた
お金です

きみが好きだから
100万円あげます

ぼくの真剣さを
証明するために

お金が重要なのではなく
気持ちが大事なのだと
伝えるために
100万円あげます

なにに使うかは
きみの自由です

きみがぼくを捨てて
別の人と
つきあっても
ぼくは文句を言えません

100万円は
ぼくの全財産です

けれど きみを見ていると
100万円は
ちっぽけなチリの
ようです

ぼくはボロを
着ているけれど
ぼくの心は
まだまだ貧しいけれど
きっといつか
輝く人になるために
きみが必要です

きみは100万円を
受け取ってください
そして
その100万円の何倍も
ぼくが
きみの
役に立とうと
思っていることに
気づいてください

ぼくは
あした
銀行に行きます
そして
100万円をおろして
きみと喫茶店で
待ち合わせします

そして
きみに
100万円が入った
封筒を渡します

きみが
受け取りを拒んでも
しつこく
渡すつもりです

10回拒んでも
さよならするときには
必ず封筒を
持たせることに成功します

これは
ぼくが
きみに
押し付ける愛です

指でつまんで
持てる重さほどの
愛です

<二つの川の交わるところ> 全編

細い月の浮かぶ夜に
僕たちは歩き始めた
[なにか]を目指してではなく
[なに]を求めているかを
確かめるために

雨沢 滴



はじまり


白い部屋
白いベッドの
白いシーツのうえ

窓から月の光が差して
白の諧調の中に
二つの星が光り
小さな声をもらした

いつもよりゆっくり
ビートルズが
BGMを奏でている

8歩先のところに
やっぱり白い
舟があって
帆先がゆれて
水浴びを待っている

花の香りをたずさえて
きみは 行ってきたら




散りかけた桜の花を見上げたり
散った花びらを見下ろしたりしているうちに
笑顔があふれ出す
柔らかい風が吹いて
木々のにおいを運んでくると
笑顔は消え
今度は精悍な表情が現れた

サンルーフから見上げた空が
思ったより深い青であることに驚いて
車を止め
コーヒーを飲みに
喫茶店の庭へ入っていった

二つのコーヒーカップ
陶器と銀のスプーンの輝き

そのとき
彼女の瞳はカメラのモニターを見つめ
僕はレンズの向こうに
小鳥のように震える小さな胸を見ていた



A POND


最初に見に行った池は
カルガモがいる
溜池(ためいけ)

カモになるのは嫌だけど
カルガモなら軽快でいいかもしれない

君に飛び込むときには
カモになう覚悟だ

溜息よりも
軽く弾もう


キラキラ


万華鏡のように
反射した光が模様に見えた

台風みたいに
いろんなシーンを駆け抜けていくのはどう?

息を切らしても平気なはず
髪や衣服や
いろいろ乱れても
大丈夫

夜になって
窓辺の椅子かなんかに座って
じっとしていれば
みんな夢のように
現実から離れていく

夢が包む魔法の時間
音楽に合わせて
トリップしない?



自慢


リサが話し始めた
友達が夢をかなえた話
先生と仲良く遊べる話
大好きな作家と文通した話
渋いアーティストを追っかけている話
自分が失敗して辛かった話
やりたいことがたくさんあるという話
動物と仲良くなれる話
進む道が変えられるという話
素敵な人の話
僕の知らない話



アルマジロ


星のきれいなホテルで
きみが青い手帳に小さく描いた
きみと僕とアルマジロの絵

それがアルアジロかどうかは
きみがそうだと
説明しなかったら
わからなかったけど

僕はそのアルマジロが
本当にいるようで
夜中にベッドを抜け出して
外の廊下に行ってみた

澄んでいて冷たい空気

何かの気配がして
寝ぼけた目を見開くと
煙のむこう
上目づかに僕を見る きみがいた





キスの返事が始まりだった

腕に力をこめると
ゆっくりと揺れがはじまって
二人の間の空気は夏のように暑くなっていく

「どう? きもちよくない」
「あったかい」

ほっぺたと唇の感触が
肩の骨と手のひらの柔らかさが
引力と上下の関係が
混ざっていく

「どうしようかな」
「なにを?」

舟をこぐ 櫂(かい)の
きしむような 規則的な音
夏の朝の霧のような湿った香り

窓の外で
森を照らしている月の光


問い


すこし
うつむきがちにほほえむのは
恥ずかしいから?

いつの間にか訪れていた朝
初めての夜が明けて
未来のことを
たくさん話したい気分で
おたがい
小説を読むように
語り続けた

向き合いながら
そのとき
どんな風景が見えていたの?

さわやかで明るい朝は
何を与えてくれるの?
指折り数える

そのとき限りのものと
そうでないものと



パワースポット


ここはパワースポットだわ
って
ホテルで
リサがいった

方位も
川の流れも
気の流れも
みんなここにあつまってる、と

リサは
光沢のある 紫の
ランジェリー姿のまま
大きなベッドに入る

追いかけて
シーツの下にもぐると
いつもの花の香りがした

その花に触れると
僕はその記憶を
自分に彫りこんだ



手をつないで


夜は音を立てて
空を回しているのか
広い河原を上流に向かって早足で歩いた
この川の上流には
小さなせせらがあって
都会の灯りに照らされるここよりも
もっと暗い闇の中で
チロチロと音をたてている

初夏の午後に
それを写真に収めると
音だけが
メモリーカードを掠(かす)めて
あたりに散っていった

それは二人を守る
バリアのように思えた

記念日の写真


きょうは
5月の最初の日を
一緒にすごした記念日

そうく口々に言って
上流に向かった

雨に洗われた森
幾重にも緑の葉が重なり
輝いている

初夏の香りを体いっぱい感じようと
深呼吸をしながら歩く

左右に澄んだ小さな川がある
それを写真に収めようとしているきみは
夢中でシャッターを押す

こうやったら
きれいに撮れるよ、と
話しかける

それしか話すことができなくて



願い


ベッドに沈むリサに
湿った冷たいタオルを当てる
タオルがリサの熱を奪うと
その熱をシンクに棄てに行く
リサに冷たいタオルを当てる

その繰り返しのなかで
夢を見た

リサと僕の不安定な生活
悲しくて楽しくて愛おしい日常
めまぐるしくてエロティックな旅

熱をシンクに棄てに行く
タオルを絞ると
ぬるい水が流れていく

この水の
行く先 いずこ



羽音


きみの鳥が飛び去っても
何も悲しむことはない、と
言ってあげたい
川に浮かぶ飛び石の上に
置き去りにされたきみは
いつか 夕日に照らされて
橙色に輝く

空から地上を見れば
川に浮かぶ石の上にいるきみは
さっきまで飛び跳ねていたように見える
それは
きみから飛び去った 鳥ときみとが
羽ばたく羽音のはるか下のほうで
たしかに呼応していたから


SEE  YOU


アイスコーヒーがのどを通過する
痛みを残して
いつの日か飲み込んだコトバの小骨?

手の中で
涼しい鏡の音が響き
ダンスはもうおしまい

氷が唇に当たる
透明なグラスの水滴を
指で壊したことの報いが



星座の手紙


旅から戻ると
短い手紙が届いた

手紙は星の下で書かれたのか
幽かに光っている

文字は きれいに並んで
何かを断ち切ろうとしているようだった

リサは細い月の夜に現れ
またふたたび その月の夜が来る

手紙を顔に近づけると
いつもの花の香りが蘇る

星座は新しい季節のステージを
飾ろうとしている

生ぬるい風は やがて夏をつれてくる
ぼくは何を持っていたらいいのだろう

いつか見た もくれんの花が
記憶の中で手を振る

その前にたたずんでいるのは
こっちを向いて楽しげに笑いかけてくる
出会ったばかりの
リサ



青空の天秤


美しい木のベンチの上で
話をしていた

二つの宇宙が並んで
つながり
小さな爆発を起こして
また 遠のいた

午後の風が
やさしく 髪に
指を絡めてくる

花びらを一枚
掌にのせ
二人はそれを
見つめて
花びらの中に入っていこうとした

降り注ぐ雨の滴のような
やさしさを振り切るように
目線を上げると

青い空の高みに
巨大な天秤が浮かんでいた

リサが
僕ではないほうに
ゆっくりと
傾く



二つの川の交わるところ


「どちらの川を選んだらいいの?」

「選ぶ必要はないよ」

川の飛び石を
ぴょんぴょん跳ねながら
僕たちは
片方の岸に渡っていった

ふたりは
まだ交わらない
二つの川のように
思い思いの
涙を流した

「いいところだね」

「きれいな水を見ると元気になれる」

いっしょに
ぴょんぴょんした

向き合って
話をして
背中合わせで
笑った

とんびが旋回する
雲が雨を降らせようと近づいてくる

手をつないでみた
それが
さいごであるかのように




一つの季節が終わった時
次の季節がやってきていた
愛しい人との出会いは
新しい季節の訪れにも似て
新鮮な、けれども懐かしい感情を湧き立たせ
身も心も包み込み、満たしていった

二つの川の交わるところに
また行くことがあるだろうか
いつか行くことができるだろうか
季節が巡るより早く過ぎたリサと僕の季節は
また巡ってくることがあるだろうか

〈童女 M -16の詩-〉全編

序詩

知っていますか
あなたが駆けだせば
そこにひとつの
風が生まれるということを

知っていますか
あなたが微笑めば
そこから美しい
光の輪が広がるということを

心の中には無限の泉があって
常にほとばしり
いくらでも そとに
あふれでているということを



夏の訪れ

葉が風に揺れ
滴(しずく)が落ちる

すると滴は
虫たちにしか聴こえない
かすかな音とともに
地面に達する

そして
地面に着いた滴たちは
陽光を浴びて
やがて
夏の匂いを放ち始める



雨の思い出

雨の中をびしょ濡れになって駆けて行ったのは
誰だったろう
生まれる前みたいな広いところに
ただ雨だけが降っていて
そこにぼくが居たなんて

九十九里へ行って
飛鳥へ行って……
ああ かならず出会った雨は
まだ
ぼくともうひとりの中に
しみ込んでいるだろうか

雨を見上げ雲を見上げ
落ちてきた雫は
ふたりの想い出だったのか

心に深く染み込んでいるのか



東から

夜はまだ明けず

東からかすかな風が吹く頃
虫たちの合奏はクライマックスを迎える

境界線が風を従えて闇を追って来るんだ

やがて
朝の生き物たちが声をあげ始めると
虫たちの合奏は
潮がひくように消えて行くんだ



ひみつ

ふたりの愛を誓い合う
そんな儀式は
些細なことでいい
そして
できれば ひみつが
ふたりを覆(おお)ってくれるといい

ぼくらはふたりきり
夕陽の部屋で
一本のたばこを吸ってみてはどうだろう
きみのうつくしい横顔から
けむりがゆっくりと離れてゆくのが
見えるようだ

たばこなんか
真面目(まじめ)なきみはいやがるだろうか

それでも
けむりは
やがて僕等を包んでくれるに
違いない

あたりの空気は
ひみつのにおいを
漂わせるに違いない

ふたりの愛を誓い合う儀式には
そんな些細なひみつが欲しい
そんな ふたりだけの
ひみつが欲しい



秋の事件

夕日を眺めながら
都会の少年たちは
ありもしない
故郷のことを思う

時計が鳴っても
母が呼んでも

里は もうすっかり
秋色に染まったという
まっすぐと登ったけむりは
やがて夕焼け雲と まじわってしまうという

さて 都会はといえば
電車の扇風機にカバーがかかり
夏の果てなかった夢や思い出が
ころがっているだけ



海にきた日

こうしてあなたを見ていると
ぼくは何だか不安になります

あなたは余りにも明るすぎて
よく笑うものだから

まるで風になったみたいに
浜辺を駆けて行くものだから
そのまま
風になって
どこかに行ってしまいそうで
海の青さに
溶け込んでしまいそうで

不安になるのです

海に来た日

その夜は
あなたと ふたりきりで居たい



そして冬

君は柿の実を一つ
ぼくに落とした

ありがとう 君ってやさしいんだね
ぼくのことばに君は頬を染めた

ぼくは君がかわいくてしかたなかった
でも
言わなければならなかった
さようならだ 来年まで
まっすぐと登っていたけむりが
わずかに揺れるのが見えた

君が好きだよ と
心の中でつぶやいた

冬も もう
すぐそこまで

ぼくを 風が
吹きぬけて行った



童女M

ひとつ ふたつ みっつ よっつ
きみは
別れたグラスの破片を
机の上に並べる

いつつ むっつ ななつ やっつ

ぼくは
きみのしなやかな桃色の指と
海のように深くすんだ目とを
かわるがわる見ている

ひとつ ふたつ みっつ よっつ
指をさして数えるきみの
あどけないしぐさを見て

いつつ むっつ ななつ やっつ

ぼくの胸の中で
グラスの割れる音がする



十一月

かちかちと柱時計の音もまた冷たく
しんしんと更けた夜
銀色の月光も凍りつかんばかりに
ひややかに
また犬なども闇にのまれたのか
我救えとばかりに叫ぶような

天上の光の穴よりもれる光は
あくまでもちかちかと
世は静まりかえり
時を失ったかのように

銀の光りの中に
銀の光のの中に



日々

少年は背の高さ程にがんばる

転んでも
走っても

夢はどこまでも遠く
なお 遠ざかる

走っても
叫んでも

少年は時々
雲を見上げて横たわる
けれど 気があせっている
すぐに
また立ち上がって行く

走り出すと足どりは重いが
過ぎ行く景色は素朴でいつも変わらない
それでも
なお 遠ざかって行く
夢が見える



知ってること

雲は流れる 風は行く
大地はざわめく 人はうなだれる

時にははげしく 時にはやさしく
時にはうれしく 時にはかなしく

流れるのは時 行くのは歳月
ざわめくのは群集 うなだれるのは魂

雲は流れ 風は行く
人は生まれ そして去る

雲は流れ 風は行く
星は光り 人は見る



反対のこと

知ってることの不確かさと
知らないことの確かさ

戻ってこない山びこの悲しさと
叫べない 人の醜さ

燃え尽きない炭火のじれったさと
燃え上がる炎のうっとおしさ

思いつめる僕の苦しみと
気がつかないあの人の明るさ


月夜の中で

この月夜の中で
いったい何が起こっているのだろう
春の月はそれだけで もう夢のよう
月が雲にかくれる時
ましてやネコの気味悪くなき叫ぶ中
何が起こっているのだろう
この月夜の中で




泣きたいのだ 泣きたいのだ
涙を出しきってしまいたいのだ
自分の流した涙におぼれてしまっても
それでもまだ泣くのだ泣きたいのだ
流すのだ涙をいくらでも
人の夢の中まで
濡らしてしまった
それでも
足りない
いくらでも泣きたいのだ
悲しみが闇の彼方に流れ去っても
それでも きっと泣くのだ
都会のかわきに
交わることが
できるようになるまでいつまでも



春雷

どこまでも遠く響いている
すこしでも大地と共になろうとして ひくく
すべての雨と風とを伴いどこまで行くのか
青い大地を更に青くぬろうとして
かわいた人の喜びを少しでも潤そうとして
できるだけひろく雄々と
どこまでも行くのか
頭(こうべ)をたれて思う人の心を
天と地の中間に怒らせながら
この夜の果てまでも 行くのか
限りないやさしさと
勇気を持って……



組詩 この空の下で

  

しずかに
しずかにして下さい
風もやんで下さい
太陽は赤く空にとけて下さい
あなたは
部屋にいていいのです
窓辺に立って
窓を半分だけ開けて下さい
しじまは遠くで
みていてください
きいていてください
車の音も
電車の音も
できるだけ遠くで鳴って下さい
あなたはしじまに向かって
話して下さい
つぶやくように
ささやくように
ひとことでいいのです
とびきりやさしいことばを

 Ⅱ

トランペット吹きの少年は
公園にいて
トランペットを吹いて下さい
手から離れていった風せんは
決して割れないで下さい
いつでも
やさしさは
悲しみを芳らせて
いますね
あなたの瞳の深さは
湖の色に似て下さい
海の深さは悲しすぎます

 Ⅲ

夜は花がうたって下さい
ぼくがねむってしまったら
花たちよ
うたって下さい
雨の日には雫たちも
一緒にうたって下さい
絶えずうたって下さい
ぼくよ
花よ
やさしいうたを
だれか絶えず
注ぎ続けられたなら
あなたはそれに気づかないでも
いつも うたっていましょう
とびきりやさしいうたを
いつも きっと こころこめて
あなたに



あとがきに代えて 
あの夕焼け空の下で

あの夕焼け空の下で
こっちを向いている人がいる

夕暮れの風にふれて
こっちへとんでくる
思いがある

あなた ありがとう

そっと耳もとで
ささやいた

あなたは
なにか考え事をしているけど
ぼくは
あなたの方を向いて
いつも ささやいている

あなた ありがとう

   昭和五十五年六月